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ウエルウェーヴ通信 第6号

2001年11月20日発行

目次

WDRCのホームヘルパー派遣事業 ただいま全開中!!

ドクターFの自立生活ワンポイントアドバイス 第6回「尋ね人U」

リレーコラム 施設から 「方向転換した日」

法人設立1年間の歩み


WDRCのホームヘルパー派遣事業 ただいま全開中!!

 特定非営利活動法人の認証を受けて当センターが事業を始めてから,ちょうど半年がたちました。現在,町田市役所の協力のもと,ヘルパー派遣事業を行っています。業務内容は福祉ホームに週6日,3〜4人のヘルパーを派遣し,清掃,洗濯といった利用者の日常生活を援助するというものです。はじめての事業でノウハウもなく,利用者はもとより,ヘルパーにもさまざまなご迷惑をかけたかと思います。例をあげますと,個人部屋の清掃であれば,どの部屋のどの人が希望されているか,また,どこまで個人部屋を掃除するか,毎日出てくる大勢の方の洗濯物をどのように干して,たたんで,返していくか,雨天の際どこに洗濯物を干すかといったことや,ハンガーや洗濯ばさみが足りないといった細かなことも。しかし利用者さんの理解とヘルパーさんの現場での努力のおかげで,そういった問題は解決されてきています。一つ一つは些細なことであると思われますが,人が生活をしていく中で,基本的なところを支えるということは非常に大きな問題だと感じている今日この頃です。

 ヘルパーの派遣形態は2種類あり,福祉ホームのヘルパー活動は時間帯が9時から3時で,巡回型という形式を採っています。巡回型というのは利用者さん一人当たりの利用時間が30分という割り当てになっているものです。それに対し,滞在型というのは利用時間が12時間,市役所から滞在型のヘルパー派遣もするよう要請されています。人の生活をサポートするということは,大変なことだということを身につまされた半年でした。滞在型の介護を受けるということは,掃除洗濯だけというわけにはまいりません。それだけ慎重になり,また覚悟しなければならないものだと思っています。これから利用制度が開始になったときのことを考えると,一個人,一団体が抱え込むのではなく,他団体との協力といった,ネットワークとして対処していかなければならないと思います。(藤沢由知)

ドクターFの自立生活ワンポイントアドバイス 第6回 「尋ね人U」

 前回は,介助者を探すときの募集の仕方,また応募してきた方についての対応の仕方,募集時期などについて書きました。実は,ここ1年半ほどの間に困った現象が起きているのです。それは,募集広告を求人誌で呼びかけても応募者が2〜3年前に比べて激減していることです。今回はその話をします。

 前回1月下旬に募集した結果として,男女あわせて10人以下の応募者しか集まりませんでした。1月以降も4,5回の募集をかけたのですが,1回につき2〜3人程度で,なおかつ面接でやむを得ず採用を見合わした方もいたため,ゼロに等しい数と言えます。福祉専門学校に直接チラシ(アルバイト募集)を配りに行った人の話でも,4月現在で1人の応募もないとのことです。一体,何がどうなっているのか,分析してみましょう。

 「時給」で比較してみると,他の団体の募集内容を見ても時給1000〜1400円の間で出しています。資格については「未経験者歓迎」とうたっています。他の仕事の募集内容と比較しても,ハードルが低いにもかかわらず,決して安い時給とも言えません。働く方々の気持ちはどうでしょうか。2〜3年前の募集のときには,とにかくやってみたい,がんばりたい,という気構えを感じることが多かったのに比べ,現在では応募してくる方々の印象も変わったように思われます。なにか表情のない,掴みようのない印象を与えられるのです。面接では「頑張る」と言っても長続きしない方や,仕事に打ち込めない方が多いようなのです。

 福祉の資格取得がブームとなり,専門学校などで人材作りが進んでいる状況の下で,福祉の仕事に就こうと考えている人がたとえアルバイトでも介助に関わろうとしないというのも,どうにも不思議です。

 去年の4月から高齢者の介護保険の導入に伴い,ヘルパーが現場の家に行っても約束が2時間で断られたり,移動の時間は勤務の対象とはなってなかったり,現場に着いてみると当日キャンセルをうけるといったことが少なくないそうです。このような勤務態勢によりヘルパーは安定した収入を得るのが難しくなったというのが現状です。そのうえ利用者の身辺に関わる中で現実的な諸問題に局面するところでの辛さ,または3Kといった従来の福祉業務の体質が問題の拍車をかけているのではないでしょうか。福祉の資格を持っても働き続けていける場所がない,安定した生活を送るための安定した福祉の仕事が選べないという現状に世間が気づき始め,応募の激減という問題に顕在化したのではないでしょうか。
 2年後には障害者版介護保険=「利用契約制度」が導入されようとしています。ヘルパー派遣を例に「利用契約制度」について説明しますと,利用者本人が住民票を置いてある区市町村の福祉担当部局を通じ,福祉施設及び市区町村から委託を受けたヘルパーステーションに登録し,そこから介助者の派遣サービスを受けるというものです。

 しかしその制度の中にも,派遣回数やサービスの内容などまだその他にも多くの問題を含んでいます。現在,私たち障害者の生活は施設・在宅者含めて国・都道府県または市区町村の措置費といった項目の財源が一人一人に与えられてきたわけです。ですから制度の不都合なことに関しての責任の所在は行政責任と言うことで異議申し立てもできました。しかし,「利用契約制度」が施行された場合,例えば「今日はどうしても介助者が必要だ」とヘルパーステーションに依頼したとき,ヘルパーステーションでも人材を派遣できなかったときの問題はどうなるのでしょう。トイレとか食事など事務所にいる職員が緊急で行くことが数回ならやもえないと思います。しかし,毎度毎度このようなことが続く時,ステーションと利用者が共倒れと言ったことが十分考えられるのです。障害者が求める人材が集まらない,資格を持っていても福祉の仕事に関われない人材があふれている,このような需要と供給が崩れた状態が続いた場合,制度の実施責任の所在はどこにもかばいいのかわからない状況になります。

 さらに,障害者手帳とは別に「要支援度」を判定することになっており,いっそう混乱が予想されます。ますます問題が複雑化,多様化していく中で,一個人一団体が抱え込むのではなくネットワークとしてこのような問題に取り組まなければならないのではないでしょうか。みなさんはどのように感じていますか。

リレーコラム 施設から 方向転換した日 日野療護園 二宮 博之

 私がこの日野療護園に入居して,14年を迎えようとしている。長い年月のように感じられるが,私にとってはあまりその長さを感じていないと言える。

 それには入所した日に受け入れ担当の職員から「おまえは字も読めるし,文章も少しは書けるんだから,自治会活動を手伝ってやってくれよな」ときつい一言。10日程してから,こんどは当時の自治会長から「話があるから」と呼び出しがあり「将来の自治会長を頼む」というぐわいでした。その頃は自治会活動も職員たちのいわゆる分会活動も一番盛りのときだったという時代背景もかなり大きな部分を占めていたに違いないと言える。言った本人たちはほんの軽い気持ちかも知れませんが,入居したての私には,相当こたえた一言であった。

 だが,当時の実像の私は在宅生活で,ただひたすらカンバスに向かって自分の道であった絵画のことだけしか考えてこなかった生活でした。もちろん,障害者運動の障の字も知らないような“ずぶの素人状態”の私に出来るわけはなく,柔らかく「少し勉強させてください」と断りました。ちょうどその頃,自分の絵画の道にも限界と行き詰まりを感じ始めていたし,何よりも大きかったことは,自分の体力(特に頸椎)が悲鳴をあげていることは薄々感じていた。

 上記のようなことが入所時にあったことは,今,初めて明かすことであるが,現在,自治会長として一番難しい“福祉の曲り角の転換期”に,どうしてこのちゃらんぽらんの俺がと,自分でも滑稽に思える時がある。

特定非営利活動法人福祉開発研究センター(WDRC)法人設立1年間の歩み

 WDRCが,石原慎太郎東京都知事から法人認証をいただいて,かれこれ1年になりました。それから1年,スタッフは,障害者ホームヘルパー派遣事業を軸に,ただがむしゃらに突っ走ってきたような気がします。障害者が組織を運営し,財務を管理し,法律を学び,自治体と交渉して事業受託し,事業を実施し,サービス水準を維持し…。いや〜,よくやったもんだ(^^;

 この1年間の経験は,「適切なサポートがあれば,全身性身体障害者であっても組織・団体を運営・管理(あるいは経営)することができる」ということの証明でもあります。障害者が自由に発展する可能性の追究…われわれのこうした理念は,いま,高い空のなかにそびえる山の頂がようやくかなたに見えてきた,といったところです。

 目指すべき目標は見えている,あとは,みなさまのお力をお借りしながらただ進むだけ,でも,進んでいるばかりではつかれてしまう。と,いうわけで,ここですこし,歩んで来た路を振り返りつつも,さらに前に向かって歩んでいくことにしたいと思います。

2000年10月 待ちに待った法人認証書の到着。知的障害者を前に「人格あるの?」といってのけたあの都知事の公印がベタンと押されてあり,一同複雑…

11月 さっそく東京法務局町田出張所へ登記。ついでに税務署,都税事務所と市役所にも開業届提出

12月 「障害者ホームヘルパー派遣事業をやろうか?」という企画があがる。「ホントにできるの?」という不安と,「ここでやらないと永遠にできない」という焦りが葛藤

2001年3月  法人住民税の減免手続。簡単な手続きだったが,「来年からはこうはいかないなぁ」。障害者ホームヘルパー派遣事業の準備に追われ,藤沢理事が悲鳴をあげる。

4月 ホームヘルパーの派遣事業開始。はじめは問題続出,だが,ヘルパーさんとスタッフの絶大な努力で,あっという間に業務マニュアルが完成。労働基準監督署に労災加入手続,税務署に収益事業開始届,町田市へホームヘルパー派遣計画表と実績表の作成・提出…手続き,手続きで目が回る。

5月 はじめての委託費入金

10月 町田市内にホームヘルパー派遣事業のための事務所を借りる。ようやく「城」を持った気分。心機一転「がんばるゾー」