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ウエルウェーヴ通信 第3号

2000年4月10日発行

目次

総力取材:徹底検証!! 多摩モノレール 『多摩モノレールは本当にバリアフリーか?

リレーコラム『施設から』第3回 可能性への挑戦

ドクターFの自立生活ワンポイントアドバイス 第3回 介助者と自立生活

WDRCは、特定非営利活動法人の設立総会を開催しました!!!

公告第1号『特定非営利活動法人福祉開発研究センター設立総会』


総力取材:徹底検証!! 多摩モノレール 『多摩モノレールは本当にバリアフリーか?』

 待ちに待った多摩モノレール。カッコいい。乗り心地も良さそう。もっと便利になるかも。そういえば、バリアフリーも目玉だったっけな。でも、ちょっと待てよ、車いすで生活している私たちにとって、ほんとうに利用しやすいものなのだろうか? 『まずは乗ってみよう!!』ということで、開通ほやほやの多摩モノレールに乗車して、検証しました。藤沢、大石、二宮によるアポなし、健常者ヌキの突撃ゲリラ取材です。

★★点字ブロックは車いすの敵?あいかわらず小手先のバリアフリーなんだよね★★ 藤沢由知

 新宿から京王線急行で約30分揺られると、東京郊外にある多摩センター駅がある。山を切り開いたベッドタウンに、よくマッチした駅である。そこに、多摩モノレールが今年から乗り入れている。

 京王多摩センター駅は、デパートと併設して建てられており、1階はデパート出入り口とバスターミナルで、2階につながっている。そこに後付けしたかたちで、東京都がバリアフリーを謳って建設されたモノレール乗場の連絡通路が大きな口を開けていた。連絡通路の横奥まったところにエレベーターがあり、それで3階にあがり切符を買った。駅構内の壁や設備は、淡いグレーとベージュ、イエローで統一されていた。気になる障害者の設備の検索を始めた。券売機の高さは、個人差はあるがだいたい胸のあたりで、車いすを正面からつけると券売機との距離が遠く感じた。また、券売機の横には路線区間とその全額が点字盤で表示されてあった。

 同様に、点字ブロック、身障者用トイレ、上り・下りのエレベーターなどが設置してあった。あいかわらず、点字ブロックの上を車いすで踏むと、乗り心地が悪いものである。こんなことをいうと、「同じ障害者なんだから理解し合うことが大事だ」とか、いろいろ批判されそうだが、室内だけでも新しい工夫が必要だと感じた。身障者用トイレは、車いすによっても異なるが、標準型の電動車いすでは狭く感じた。駅構内のスペースを考えると、身障者用トイレは現在の倍くらいの広さがあっても問題はないように思えた。

 エレベーターは、車いす一台と人が2〜3名乗れるものだった。公共機関に設置してある身障者用と思われる設備は、スペースも含めて規格が決まっているのだろうか?エレベーターでホームへと向かった。モノレールは、普通電車の車両より小型で、4〜5両編成ということから、ホーム自体もこじんまりとした作りであった。ホーム全体は、落下防止フェンスに囲まれていて、フェンスのうち2ヶ所に乗車用のスロープが設置されてあった。車両が到着すると、車両のドアが開くとドアに当たるフェンスも同時に開いた。スロープ設置箇所からホームと車両を橋渡しするかたちで、ホームからスロープがせり出した。車両とホームとの間は7〜8pくらいで、全部の乗車口にスロープを設置すればいいと思った。停車している車両に乗ってみると、思っていたより狭いことを感じた。

 今回の取材では、特に新しいものや新たな発見はなかった。また、問題点も少ないように思えた。たとえば、電動車いすでは、改札口は従来と同様に駅員がいる窓口の横しか通ることができず、また、高齢者や障害者はエレベーターを利用しなければならない。さらに、乗車する際にも、所定の位置から乗り込まなければならない。このようなことを考えてみると、従来の建物とかわらないような気がした。本当のバリアフリーとは、エレベーターなどの機械を使わずに、誰もが同じところを通り、同じ場所にいくという意味ではないだろうか。

 この日、清瀬からバスとモノレールで2時間かけて取材を同席した大石氏の労をねぎらう。

★★車いすはエレベーター、専用改札口、専用乗降口へ・・・また障害者は特別扱い★★ 大石忠相

 3月29日、多摩モノレールに乗り、終点の多摩センター駅までレポートすることにした。まずは、清瀬療護園から歩いて10分離れたバス停(上宮病院前)へ向かった。車いすが乗る路線バスに向かった。車いすが乗ることができるバスには、2つのタイプがある。このときはスロープ式で、運転手がバス停と車両とに板を渡すものであった。約20分バスに揺られ、終点の久米川駅に着いた。ここから、また、立川北モノレール乗場まで40分の道のりがある。しかし、車いすが乗ることができるタイプの路線バスは、1時間に1本しかでていなかった。利用者は少ないとはいえ、腹立たしく感じた。

 待つこと1時間、やっとバスに乗ることができた。このバスは電動リフト式であった。公共交通機関に対する怒りや矛盾を胸に閉じこめているうちに、バスは立川北駅に到着した。バスから降りて案内板の通りに行ってみたら、逆方向だと指摘された。立川北駅に通じる通りは、すごくわかりにくい。ベビーバギーカーや車いすなどを利用する者にとって、誘導表示板さえなかった。

 切符を買ってからモノレールのホームまで約10分くらい。ホームの周りには、落下防止のフェンスがホーム全体を覆っていた。プラットホームにモノレールが着かない限り、開かないようになっている。ホームのフェンスには、2ヶ所に設置スロープがあった。そこから、高齢者、ベビーバギーカー、車いすなどを利用してほしいという意味を感じた。他の出入り口にも、同様のスロープをつけてほしいと思った。ドアの幅は、150pくらいであった。車内の乗り心地は、電車と比べて横揺れが少ない。窓から見る風景は眺めがよく、新緑もきれいだった。車内には、車いす専用スペースがあり、そこに車いすを駐車した。車両は4〜5両編成であり、ホームにスロープが2ヶ所設置してあることから、もう1ヶ所あるものと予想した。こうして11区間、約20〜25分で多摩センター駅に着いた。

 私は日頃、公共交通機関を利用して活動をしているが、いつも特別な扱いを受けている。それは、エレベーター、車いす専用改札口、リフトつき路線バスなのである。その理由は明らかで、建物が古いからとか、車両のかたちが、車いすやそれらを配慮していない時代につくられたものとしてあるからだと考える。しかし、今回完成した多摩モノレールは、バリアフリーを謳いながらも、従来と同じような構造であった。なぜ普通と特別とに分けるのか、真のバリアフリーとは何か、これからも社会に問い続けたい。疲れた1日であった。

★★車いす用乗降口が1〜2ヶ所しかない?車いすの団体さんはお断りするっての?★★ 二宮博之

 私が生活している園は、私鉄の京王線沿線の百草園という駅近くにある。割と交通の便がいい、京王線の高幡不動駅の一つ手前である。多摩モノレールの高幡不動駅は京王線の高幡不動駅とは150mくらい離れているし、乗り換えるためには一度外に出なければならない。おまけに京王線の高幡不動駅は改修工事が遅れていて、東京の私鉄では一番バリアフリー化が進んでいると言われる京王線の中で私の知る限り最もバリアフリー化が進んでいない駅の一つなのである。近い将来京王線の高幡不動駅を改修して一体化する計画があるらしいのだが、一刻も早く実現してほしいものである。だからついつい駅一つの距離でもあるから、電車を待つことや乗り換える手間と時間を考えると、よほどの悪天候でない限り歩いてしまう、散歩がてらにいい距離である。

 多摩モノレールが出来る以前は、立川に行くのには京王線とJR南武線を乗り継ぎ30分以上かかっていた。またリフトタクシーにしても、立川周辺は慢性的な交通渋滞で、料金が高い割に時間がかかっていた。今度、多摩モノレールに初めて乗り、そんなスピードも早いわけないのに10分をわずかに超える時間で目的地の立川北駅に着いたことに改めて驚き、こんなに近い距離だったのかとしみじみ思った。

 前置きが少し長くなってしまったが、多摩モノレールの設備の面は他の人がすでに書いている。私は私なりに気づいた点を2〜3点書いて、この文章を終わりにしたい。

 私が最も気になったことは、車いすでホームから車両に乗り込む時の、スロープの少なさである。高幡不動駅、立川北駅共に一カ所しか設置されていなかったことを考えると、車いすの乗降客が複数来たら、正にお手上げ状態になることは目に見えている。なんで各乗降口に付けないのか、不思議でしょうがない。特に、電動車いすは重いため、スロープが無い所だと二人の補助がいる有様である。お年寄りや妊産婦・ベビーカーを使う人も助かると思うのだが、同様に、各駅に設置されているエレベーターもそうだと言わざるを得ない。

 車両内は地上15mくらいを走るせいか、まだ新しいせいか明るく清潔感が漂っていた。中でも私が気に入ったのは、他の電車に比べ、車両と車両の連結部分に余計なドアや仕切りが無く開放感があることだった。私は後ろの車両に乗ったが5、6両編成の前の方まで見渡せた。

 計画では、南は町田を通りもっと延びると聞く。北ももっと延びてほしいし、今まで多摩地区を南北に貫く大量交通機関がバスだけだったことを考えると、時間が正確だし、振動も少なく乗り心地もまあまあだし、これから障害者や社会的弱者の声を聞き、それを生かし発展されることを大いに期待している。

リレーコラム『施設から』第3回 可能性への挑戦 大石忠相

 私は清瀬療護園で暮らして、この7月で24年目を迎えます。たくさんのことを経験し、これまでの人生の半分をここで過ごしてきました。そして今、私は自分の可能性を信じ、やりたいと思うことにはどんどん挑戦しながら生きています。初めからそうだったわけではありません。私がやりたいことに挑戦するようになったのには、様々なエピソードがきっかけとなっています。そのエピソードをみなさんにお話しし、私について少し知っていただけたらと思います。

 私は、園で生活し始めてしばらくの間、自治会の仕事だけをやる毎日で、それ以外の自分の可能性には全く気づかずに過ごしました。決してそんな毎日に満足していたわけではありません。ただ、自分は何をやりたいのか、自分には何ができるのかが具体的に分からなかったのです。

 そんなある日、ケース担当の交替を前に、職員から自分がケース担当だった記念に何かやっておきたいことはないかと言われ、私は素直に「電動車いすに乗りたい。」と答えました。それまで手動車いすで生活していた私は、どこへ出掛けるにも付き添いが必要で、一人で遠くへ外出することが困難でした。しかし、これがきっかけで私は電動車いすに乗ることが出来るようになったのです。その時、私は自分にも電動車いすが運転できる、私には自治会の仕事以外にも何かできるのではないだろうかと思ったのです。

 今から8年前、私は交通事故に遭遇しました。高速道路での接触衝突で、私は空中に投げ出されたのです。しかし、奇跡的にも私はたんこぶひとつのケガで済みました。このとき、「普通ならこの事故で自分は死んでいたはずだ。本当ならここで終わっていたはずの人生。しかし私は生きている。それならもっとやりたいことをやってみよう。色んなことに挑戦してみよう。」と私は考えるようになったのです。

 事故から数年後のある日、私がテレビを見ていると、男の目線と女の目線から見た恋愛ドラマを作るという企画をやっていました。それを見て私はこれだ!!と思いました。健常者の目線では当たり前のこと、例えば電柱やバス停のベンチ、路駐自転車、それが車いすの目線では歩道を通れない障害物となっていること、仕方なく車道を走るが隅に寄ろうとすれば縁石にぶつかってしまうこと、このことが映像に出来ないかと考えました。写真や文章では説明しきれない。ビデオカメラでやってみたらどうかと。そして、私はビデオを撮ってくれる人と共に街へ出掛け、障害と感じるところを撮し、自分でも編集しました。しかし、それは人の目に触れることなく、自分のものとしてしまっておいたのです。ところが、このことを知った友人に、そのビデオを清瀬市民まつりで流してはどうかと言われました。私はまさにこれが自分のやりたかったことだ!と思い、その市民まつりで流すことにしたのです。その結果、これが好評に終わり、うわさを聞いた方々からも見たいと言われ、ビデオテープが一人歩きしていったことがありました。

 そして今から3年程前、お台場で福祉機器展が開催され、私はそれに行ってみました。普通に写真を撮ったり、カタログをもらってきたりするのではなく、説明がきちんと伝わるようにビデオカメラを車いすの目線の高さに設置し映像を撮って歩き回ったのです。すると、一人の女性がやってきて、私はこういう者ですと名刺を差し出されました。そこにはシルバーチャンネルと書かれており、「お仕事ですか。」と質問され、「いえ、趣味です。」と私は答えました。私には名刺がないので自分の名前、住所、電話番号を教え、その場は別れました。

 年が明け、そんな出来事などすっかり忘れていた頃、TVに出てみないかと清瀬街づくりネットの友人から言われました。私は「私にできることなら何でも。」と引き受け、打ち合わせなどをしていた時です。ちょうどシルバーチャンネルからも電話がかかってきて、そちらに伺っても良いかと言われました。私は自分について何か聞かれるのだろうかと思い、気軽に了解しました。ところが、シルバーチャンネルの方が訪ねてきて、その話を聞いたところ、なんと自分たちの番組で車いすの目線でリポートをして欲しいということだったのです。私は考えましたが、TV業界での仕事には興味があり、やってみようかなと思っていた時、上の人が会いたがっているので局に来て欲しいと電話がありました。不安になっていた私は地域に住む障害者にも付き添ってもらい、とりあえず話だけは聞いてこようと出掛けました。そして行ったところ、なんと社長に契約して欲しいといわれたのです。私は福祉機器展での出会いが、こんなことに発展するとは思っておらず、びっくりしましたが、自分のやりたいことをやってみよう、挑戦してみよう、と引き受けました。

 そして最近、以前、園で暮らしていた藤沢さんから「自分は福祉機器のコーディネーターをやっていたが、これからは障害者の自動具や使いやすい家具などを研究・開発していきたい。NPO法のことも勉強しながら、色んな夢を持っている人たちに集まってもらって企業を起こしたい。」と相談され、まさか自分もその一員になれるとは思わず、「やってみたら。」と勧めました。そして今では私もその一員になり、共に働いていくことになったのです。

 これらのエピソードの中で、私の人生観を大きく変えたのは交通事故でした。私は事故に遭遇したことによって、それまでに気付かなかった自分の可能性を発見したのです。私には目、耳、口があり、電動車いすを運転して街へ出掛けることが出来る。そして今、私は自分のやりたいこと、興味を見つけ、実益を得ることができたのです。これから、色んな夢を持つ人たちと共に働き、理想の社会を目指して、企業の具体的方向性を見いだしていきたいと思っています。

ドクターFの自立生活ワンポイントアドバイス 第3回 介助者と自立生活

 私は、介助者と生活するようになってから18年目を迎えます。

 このような生活を始めた理由は、施設生活が長いため自分の生活を自らプロデュースしたいという思いからでした。その思いはかなって、現在生活を送っています。しかし、18年間、常に追われているものがありました。それは、自分自身これから何をしていけばよいのかという思いと介助者の期待感でした。私に対しての期待感でした。自分でも何かをしなければならない。介助者は、自分が来ているのだから何かをしてほしい。双方の気持ちは合致しているが、両者の思いとは別に、現実はなかなかうまくいきません。この文章を読んでくださる方々の中でも、同感してくださる方も中にはいると思います。

 そこで、考え方を少し変えてみてはどうでしょうか。それは、「やらなければならない」、「してほしい」というものではなく、いっしょに何かをすることです。それは何でもかまわないと思います。園芸や、いっしょに絵を描くとか、旅行のプランを立てるとか、何でもよいと思います。私も現在40代前半の歳です。介助者の中には、17歳とか20歳以上離れている介助者もいます。世代の差で、話があわないことや考え方の違いとか…しかし、何かをいっしょに行うことで共有できるものがあれば、毎日通ってくる介助者と友好関係が持てるのではないでしょうか。また、生活をプロデュースしていく中で、有意義な内容を作れるのではないでしょうか。私もこれからどんどん若い世代の人たちとつきあっていかなければならない状況であり、ますます歳の差は離れていく一方です。

 私は今、この通信で紹介しているように、「福祉開発研究センター」を、立ち上げたところです。みなさんのご参加を呼びかけます。同時に、周りの人たちといっしょに何かをしていくことが、充実した生活を送っていくことではないでしょうか。コラムでした。

WDRCは、特定非営利活動法人の設立総会を開催しました!!!

 去る1月30日、おなじみの日野療護園でWDRCの特定非営利活動法人設立総会を開催しました。この総会は、特定非営利活動法人の法人認証申請を行ううえで最も重要な会議です。ここで、定款や予算、事業計画、役員人事などを定めました。この総会で、初顔合わせとなった人や旧交を温めた人などもおりました。また、会議では活発な討論が行われ、熱気にあふれたものとなりました。調査・研究活動や情報発信事業を突破口に、さまざまな事業を展開していくことを誓い合って、総会は幕を閉じました。これから東京都に申請しますので、法人認証・登記は、早くても本年末になるのかな、と考えております。
 なお、役員として藤沢由知(理事長:WDRC代表)、大石忠相(理事)、二宮博之(同)、吉原日出海(同)、釘宮啓輔(監事)が選出されました。
 みなさまのご支援とご参加を心よりお待ちしております。

公告第1号『特定非営利活動法人福祉開発研究センター設立総会』

 『特定非営利活動法人福祉開発研究センター』(以下、本法人)の設立総会が成立したので、定款第22条に基づき、以下の通り公告する。

1.設立総会における議決の要旨

 本法人の設立とそれに付帯するいっさいの決議、承認、確認を行った。

2.設立総会日時、場所、出席者数

 2000年1月30日、東京都日野市落川245−1東京都立日野療護園2階会議室において、設立者13名中出席者10名(委任状出席2名を含む)によって開催された。

3.特定非営利活動法人の名称

 本法人の名称は、特定非営利活動法人福祉開発研究センターとする。

4.代表者の氏名

 本法人の代表者は、藤沢由知である。

5.主たる事務所の所在地

 本法人の主たる事務所(以下、事務所)は、東京都町田市原町田4−18−14 LIビル302号室とする。

6.定款に記載された目的(第2条)

 この団体は、次条(引用注:第3条)に掲げる特定非営利活動および第4条各号に掲げる事業を行うことによって、援助を必要とする人々の生活の充実と社会参加を促進し、社会のノーマライゼーションと相互理解をすすめ、広く公益に寄与することを目的とする。

 特定非営利活動促進法第28条第2項に基づき、本法人の会員および利害関係人は、本法人設立総会において決議、承認、確認された書類等を閲覧することができる。